「お前さんたちは知ってるかい?ここのボロ宿のばあさんのこと」
            
            小雨の降る、学校からの帰り道。
            街で小さな本屋の店主をしているおじさんは、私たち兄弟にそんな質問をした。
            
            「なかなかスゴい人でな。ここのあじさいも、全部そのばあさんが育てているんだ」
            「ふーん。別にそんくらい誰でも出来るぜ」
            弟、スフェインの興味のなさそうな一言にも構わず、おじさんは言葉を続ける。
            「ここの宿、客が居そうにないだろ?だが雨の降る季節になると、遠いところからやってくる客もいるって話だ。
            そのばあさんは不思議なもんで、世界にもっと花が増えればいいなんて言って毎日生き生きして花を育ててる。
            きっと周りも元気をもらえるんだろうなぁ」
            「……すごいですね。ここは街の中でもかなり寂れた地域なのに」
            「今では人々から『あじさい通り』だなんて呼ばれて、一種の名物さ」
            「へー。おっさんとこのボローい本屋と大違いじゃねぇか」
            「う……」
            「見習わねえとだなぁ。客だって俺たち兄弟くらいしかいねえもん」
            「……おい、スフェイン言い過ぎだ」
            「ケッケッケッ、だって本当のことだろ?ま、意外と居心地は悪くねぇことが取り柄ってとこか」
            「ふ、それは何よりだな。お前さんたち、もちろん今日も来るんだろ?」
            「はい」
            「今日はとびっきりの面白い本を用意してあるんだ。楽しみにしててくれよ」
            
            おじさんの本屋に行くのは、もう何度目になるだろう。
            スフェインが言ったとおり、あの本屋は確かに居心地がいい場所だと思う。
            もしかしたら、本屋がというよりも、このおじさんのいる場所がそうなのかもしれない。
            これが、本当の家族の温かさというものなのだろうか。
            
            雨は、もうすぐあがるだろう。